Other Death

23歳になった。歳を取ると思うと死を連想してしまい怖い。23歳の抱負としては、死に対しての恐怖を、消すことはできなくても、人並みにまでは克服したい。

おでは明らかに死恐怖症である。心理学者のフロイトが名付けた「タノトフォビア」という、何だか中二波動溢れる名称もあるらしい。幼少の頃「死」という概念を知った日から今日まで、死について考えなかった日は恐らく無いのではないか。勿論、そんな事ばかり考えても死は免れないのだからしょうがない事も人一倍分かっている。一般的には年をとるごとに死の恐怖感というものは薄くなっていくらしいが、おでには現時点ではその兆候はない。ちなみにSFすぎる例え話だが、もしも今後AIが急激に指数関数的に進化し、人間では不可能だったところまでテクノロジーが発達し、2060年代に意識をコンピュータに転送できるようになったとしたら絶対したいし、脳卒中を事前に知らせてくれる機能などを持つマイクロチップが世に出てきたら迷わず埋めたい。馬鹿馬鹿しいが、今後のAIに強く期待してしまうくらいにはアレルギーを持っている。人がいれば大丈夫だけど深夜にもうこの世にいない人のレコードを一人ではなかなか聴けないし、もうこの世にいない人が写る白黒写真とかも結構ダメ。

去年の11月に一緒に住んでいた祖母が息を引き取った。家族のことは大嫌いだしほとんどアンチな気持ちしかないが、そういうのとはまた別として、身近な人の死が引き金となり、元々人一倍どころか少なくとも十倍は持っていた死に対しての恐怖感が更に上がってしまい、今年の前半あたりまでは突然パニックに襲われることも多かった。どういう症状かというと、バッドトリップのそれみたいな感じと一緒だと思う。場所やシチュエーションも問わずで、楽しいはずの2月の“真なぁ”でもなったし、果奈実ちゃんの家でも何度もなっている。何回か駅のホームでも急に意識が半分以下になってパニックになりながら倒れかけ救護室にお世話にもなったし。今はパニックに対しての対処法はちょっとだけ何となく分かってきたから、それはほとんど無くなったと思うけれど。でも相変わらず体調が良い時はほとんどないです。今日のレコードフェアの帰りの体調は最悪だった。寝たらマシになったけれど。

幼稚園の頃にその祖母の親にあたる曽祖母が亡くなった時に顔を見た時が物凄くトラウマで、こでは6歳の時の話だけど、今でも鮮明に曽祖母の顔に施された死化粧とか思い出せてしまう。だから勿論、去年も顔を見ることは完全拒否している。もし我慢して見ちゃっていたら、パニックの症状とかはもっと酷くなっていたと思う。

ただ最近、何となく、死に対しての恐怖を少しだけ薄くする為には、なるべく忙しくするのが有効だということは分かってきた。身体はくたくたなのだが、精神的には休日よりも毎日バイトへ行った方が全然良いことに気付いてきた。

ちょっと前に読んだ細野晴臣のインタヴュー本で、細野晴臣も不安神経症に悩まされた時期があったが、突然ナチュラルハイ状態に1〜2年なり克服して、そのテンションのまま『トロピカル・ダンディー』を作った、ということが書いてあった。来年とかでもいいから、おでの脳みそにもナチュラルハイ降ってきてくれること願って。